前回へ
スズキ的イチニチ
第140話
「依存」
次話へ
「依存」
意思の疎通ができるペットは家族であり、昔は「子は鎹」と言いましたが今は「ペットは鎹」になっています。ペットがいることで夫婦の会話が出来たり家庭が円滑に回る話ってよく聞きます。それだけ人間社会においてペットの存在が大きくなりペットも飼い主もお互いにとって生きていく上で必要な存在になっています。
ただ、飼い主のペットへの依存が高いほど言葉は悪いですがペットが亡くなったら「ペットロス」になりやすい傾向があります。一度ペットロスになると心を平常に戻すには特効薬はなく時間が必要となります。
私の愛犬が今現在14歳。耳が聞こえなくなり目も悪く一日中寝てばかり、そんな愛犬を世話している妻が「この子が死んだら多分、私の精神が崩壊すると思う、それだけこの子に私は依存している」長年連れ添った愛犬の急激な老化のスピードに妻は恐怖を感じています。何かに依存している人生は依存対象が「存在しなくなるまでの過程」で不安を掻き立てられ心が不安定になります。「亡くなっていない」にもかかわらずペットロスに陥るのはもはや心の病気であり治るにはプロカウンセリングと時間が必要です。
心の支えがいつしか依存に変わる時、自分では病気とは自覚していない分、心の闇が増幅する気がします。お客様でもペットロスにかかっている方やかかりそうな方を見ると心配になりカウンセリングを勧めることが増えてきた気がします不謹慎な話ですが人間や動物に限らず他人が依存するほど心奪られる存在って見方を変えれば「うらやましい」と思ってしまうのは自分だけかもしれない。
人徳はお金で解決するものでもなく買えるものでもない、小さな積み重ねでできたその人のオーラというか存在感でしかない。今までの人生で「他のもの」対して貢献してきた結果が人徳。自分が困ったときどれだけの人が手を差し伸べてくれるのだろうか?自分の愛犬にも負ける気がします。(涙